「つみたてNISA」の投資収益率、自分で計算するしかないって知っていましたか?
「つみたてNISA」の口座数が若者を中心に急増しています。
複数の投資信託等を毎月一定額で購入して行く投資方法は、若者が長期に資産形成を行う方法として最適です。
長期投資といえども将来の生活を支える貴重な資産とするわけですから、自分の口座が期待したように成長しているかどうかを確認したいと思うのは当然ですよね。
ところが販売会社が交付する報告書には、「つみたてNISA」口座が昨年1年間に何%の投資収益率を実現したというような記載がありません。
実は、個人投資家の場合、証券投資の収益率は自分で計算するしかないのです。
一方で、専門家が行う年金資産運用の世界では投資収益率の測定を伴わない運用管理などあり得ません。
そして意外なことに、その年金資産運用の手法を「つみたてNISA」の投資収益率の計算に応用するのは決して難しくないのです。
一部の例外ケースを除けば、電卓だけで驚くほど簡単に計算できますよ。
こんにちは、才出やすかです。
「賢者のポートフォリオ メンバーズ倶楽部(略称:賢者クラブ)」の案内役を務めさせていただいております。
「あせまね日和」は同クラブの会員向けのブログですが、今回は一般にも公開させていただきます。
「つみたてNISA」へ投資が急増しています。
2020年6月末に約244万件だった口座数が、同年9月末に約275万件、12月末には約303万件となったそうです(金融庁調査)。
2020年9月末の買付額は、6月末と比較してわずか3か月で22.6%の増加です。
増加率が一番大きいのは20歳代の28.5%増、これに続くのが30歳代の23.9%と、若者世代の増加率の大きさが目立っています。
低金利の経済環境が続くわが国では、銀行預金による保有資産の成長は望めません
「銀行預金をある程度は上回るようなペースで保有資産が増えて欲しい」というのが、「つみたてNISA」を始めた方々の切実な願いではないでしょうか。
「つみたてNISA」の非課税枠は年額40万円ですから、毎月複数の商品に積立投資を続けている方も珍しくないはずです。
それまでに継続購入していた商品の購入を停止して、別の商品の購入を始めている方もいるに違いありません。
このような形で運用されている「つみたてNISA」ですが、自分が積み立てている資金が年に何%の成長を実現しているかを把握している個人投資家はほとんどいないのが現状です。
何故なら、販売会社が交付する報告書には「つみたてNISA」口座の投資収益率の記載がどこにもないからです。
名前がそれらしいので誤解される方もいらっしゃいますが、「投資信託のトータルリターン」は保有資産の成長率を表す投資収益率とは異なります。
投資信託の販売会社から年に1回程度交付される「トータルリターン通知書」に記載されているのは、投資信託商品別に以下の計算式に基づいて計算された金額です。
$$トータルリターン=評価金額+累計受取分配金額+累計売付金額 – 累計買付金額$$
トータルリターン通知書の目的は、投資信託ごとに、投資期間全体の分配金を含む累積損益を示し、その投資信託を選んで投資した結果として利益が得られているか否かを顧客に伝えることにあります。
2014年以前はそうした報告すらなかったのですから、この通知書はもちろん大変に意味のあるものです。
ただし、そこに記載されている「トータルリターン」は次のような性格を持つものです。
・商品毎に計算されたものしかないこと
・その商品を新規に買い付けた時点から計算したものしかないこと
・リターンの計測期間が商品によってばらばらであること
・分配金、売付金および買付金の発生のタイミングを無視したものであること
・年に1回程度の発行であること
残念ながら、この通知書からは、例えば昨年1年間に「つみたてNISA」口座が何%の投資収益率を実現したかといったようなことはわかりません。
では「つみたてNISA」の収益率はどのように把握すればよいのでしょうか?
「つみたてNISA」で選択可能な商品は、ごく一部を除き、分配金を再投資するタイプの商品です。
また、積み立て中の商品を売却するとその分の非課税枠が消滅してしまうので、商品の入れ替えの際は、当該商品の新規購入を停止して、そこで生じた購入資金枠で別の商品の購入を始めるという方が多いようです。
こうした一般的なケースでは「つみたてNISA」口座に発生する資金の流入出は毎月の積立金の投入だけとなります。
もしあなたが一定の期間にわたって積立金の額を変更していないなら、その期間の「つみたてNISA」の収益率は驚くほど簡単に計算することができます。
「取引残高報告書」を利用しましょう。
株式や投資信託を保有している投資家には、販売会社から「取引残高報告書」が原則として年に4回、取引がなかった場合でも預かり残高があれば年に1回交付されます。
「つみたてNISA」口座で毎月一定金額の商品購入を行っている方は、3、6、9、12月末時点の取引残高が見られるわけです。
この報告書の「評価額」と毎月の積立金額(商品購入額)を使うだけで、投資収益率は簡単に求められます。
まず以下の式をご覧ください。
$$投資収益率=\frac{修正当期末評価額-修正前期末評価額}{修正前期末評価額}$$
ここで「修正当期末評価額」と「修正前期末評価額」というのは、「取引残高報告書」に記載されている「つみたてNISA」口座全体の「評価額」を少し修正したものです。
修正と言っても、以下の条件に応じた数字を「毎月の積立金額」に乗じて上記の「評価額」に加減するだけです。
・求める投資収益率は四半期単位か、あるいは年単位か?
・毎月の商品購入は月初か、あるいは月末か?
順に見て行きましょう。
(1)四半期単位の投資収益率
(商品の購入が月初に行われる場合)
$$修正前期末評価額=前期末評価額+2\times毎月の積立金額$$
$$修正当期末評価額=当期末評価額 – 毎月の積立金額$$
(商品の購入が月末に行われる場合)
$$修正前期末評価額=前期末評価額+毎月の積立金額$$
$$修正当期末評価額=当期末評価額 – 2 \times毎月の積立金額$$
(2)年単位の投資収益率
(商品の購入が月初に行われる場合)
$$修正前年末評価額=前年末評価額+6.5\times毎月の積立金額$$
$$修正当年末評価額=当年末評価額 – 5.5 \times毎月の積立金額$$
(商品の購入が月末に行われる場合)
$$修正前年末評価額=前年末評価額+5.5 \times毎月の積立金額$$
$$修正当年末評価額=当年末評価額 – 6.5 \times毎月の積立金額$$
実際に計算してみましょう。
(1) 四半期単位の投資収益率
(商品の購入が月初に行われる場合)
「つみたてNISA」口座合計の前期末(例えば2020年12月末)の評価額が180,000円、当期末(例えば2021年3月末)の評価額が230,000円で、この間に毎月10,000円ずつ積立投資をしていたとします。
当期の合計の投資額は以下の様に210,000円となります。
$$180,000円+10,000円/月\times3か月=210,000円$$
210,000円が230,000円になったのですから、
$$投資収益率=\frac{230,000円 – 210,000円}{210,000円}=0.095$$
と計算したくなりますが、これは間違いです。
期中の投資額合計の30,000円がすべて四半期の当初に投資されていたならこれで良いのですが、うちの10,000円は1か月遅れ、もう10,000円は2か月遅れで投資しての当期末評価額が230,000円だったのですから、正しい投資収益率はもう少し良いはずです。
上記の計算式を使ってみましょう。
前期末評価額が180,000円、当期末評価額が230,000円、毎月の積立金額が10,000円だったとすると、当四半期の投資収益率は以下のように10%と計算されます。
$$修正前期末評価額 = 180,000円 + 2 \times 10,000円 = 200,000円$$
$$修正当期末評価額 = 230,000円 – 10,000円 = 220,000円$$
$$投資収益率 = \frac{220,000円 – 200,000円}{200,000円 }= 0.10 $$
電卓で簡単に計算できますよね。
(商品の購入が月末に行われる場合)
毎月の積立金額に乗じる数字を入れ替え、投資収益率を以下のように10.5%と求めることができます。
$$修正前期末評価額 = 180,000円 + 10,000円 = 190,000円$$
$$修正当期末評価額 = 230,000円 – 2 \times 10,000円 = 210,000円$$
$$投資収益率 = \frac{210,000円 – 190,000円}{ 190,000円} = 0.105 $$
(2) 年単位の投資収益率
「取引残高報告書」を4期分保管しているなら、各期の四半期収益率を計算し、それらを複利でつなぎ合わせて年単位の投資収益率とすることができます。
また、少し粗くなりますが、1年前の取引残高報告書の評価額を使って、年単位の投資収益率を以下のように計算することも可能です。
(商品の購入が月初に行われる場合)
前年末評価額が80,000円、当年末評価額が230,000円、毎月の積立金額が10,000円だったとしましょう。
$$修正前年末評価額=前年末評価額+6.5 \times 毎月の積立金額=80,000円 + 6.5 \times10,000円 = 145,000円$$
$$修正当年末評価額=当年末評価額 – 5.5\times毎月の積立金額=230,000円 – 5.5 \times100,000円 = 175,000円$$
$$投資収益率 = \frac{175,000円 – 145,000円}{ 145,000円} = 0.207 $$
(商品の購入が月末に行われる場合)
$$修正前年末評価額=前年末評価額+5.5 \times 毎月の積立金額=80,000円 + 5.5 \times 10,000円 = 135,000円$$
$$修正当年末評価額=当年末評価額 – 6.5\times毎月の積立金額=230,000円 – 6.5 \times 100,000円 = 165,000円$$
$$投資収益率 = \frac{165,000円 – 135,000円}{135,000円 }= 0.222 $$
以上のように「つみたてNISA」の収益率の計算はごく簡単です。
ただし、以下の場合には上記の方法はそのままでは使えませんので注意してください。
・期中に積立金額を変更した
・口座内の商品を売却した(当該商品で利用していた非課税枠も消滅します)
・分配金を受け取る商品を採用している
年に1度くらいは計算してみましょう。
長期投資の制度である「つみたてNISA」では、頻繁な商品入れ替えは望ましくありません。
非課税なので確定申告の必要はありませんし、販売会社からの電子交付の報告書に目を通さず放っておいても誰からも文句は言われないでしょう。
しかし、将来のあなたの生活を支える貴重な資産とするわけですから、それなりの関心をもって管理する必要はあります。
管理と言っても、「つみたてNISA」の場合は、家計収支の状態に照らして非課税枠の年間40万円の使い方はこのままでよいか、経済環境の長期的なトレンドを考慮した時に投資している商品の組み合わせは今のままよいか、といった検討を年に1度くらいするだけで十分です。
その時には、ここで紹介した計算方法で「つみたてNISA」口座全体の投資収益率を確認してみてください。
年に1回の健康診断のようなものですね。
(ここで一旦終わります)
ここからは補足の説明です
このブログで紹介した投資収益率の計算方法の出所が気になる方のために、少し専門的な解説をさせていただきます。
年金資産運用の世界では「時間加重収益率」と「金額加重収益率」という2つの投資収益率の概念があります。
その名前に拘るとかなり数学的で難解な解説になってしまうので、ここでは「時間加重」、「金額加重」という言葉の意味は考えないでください。
「時間加重収益率」は受託資産に対する資金の流出入の影響を排除した収益率で、ファンドマネージャーの運用能力の評価に適した収益率です。
これに対して「金額加重収益率」は期中の資金の流入出の大きさとタイミングを考慮した収益率で、ファンド全体の収益率を測るのに適しています。
このブログで紹介した「つみたてNISA」口座全体の投資収益率は、年金資産運用における「金額加重収益率」に該当するものです。
「金額加重収益率」は、厳密には、期首の資産総額と期中の資金の流入出のすべてがその期間に何%で運用されていれば期末の資産総額になったかという条件式を解く形で計算されます。
以下の条件式を満たす収益率がそれで、この方法で求めた「金額加重収益率」をを「内部収益率」と呼びます。
$$EV=BV(1+r)+\displaystyle\sum_{k=1}^{K} C_{k}(1+r)^{W_{k}}$$
ここで\(EV\)は期末の資産総額、\(BV\)は期首の資産総額、\(C_{k}\)は期中に発生した資金の入入出の金額、\(W_{k}\)は\(C_{k}\)が発生した日から期末までの日数をこの期の総日数で除した比率で、\(r\)が求めるべき内部収益率です。この計算は普通の電卓ではできません。
そこで年金資産運用においては、これを近似的に計算する「修正ディーツ法」という手法の適用が正式に認められています。
この計算方法を提唱したピータ・ディーツ博士の名前がその由来です。
彼は世界的な資産運用コンサルタント会社の日本法人のトップを務めた経歴を持つ、わが国とゆかりのある人物です。
この計算方法の原型である「ディーツ法」は、彼が1960年代にコロンビア大学で博士号を取得した際の論文で提唱されたものです。
彼は複利構造の「内部収益率」を単利構造に近似することで「金額加重収益率」の簡便な計算方法を生み出し、コンピューターが身近でなかった当時の年金資産の運用管理に多大な貢献をしました。
元の「ディーツ法」を改良した彼の「修正ディーツ法」は、現在の年金資産運用でも正式に認められた手法となっています。
その計算方法を説明しましょう。
上記の項目に、修正期首資産総額の\(ABV\)と修正期末資産総額の\(AEV\)を加えます。
ここで\(ABV\)と\(AEV\)は以下のように定義されます。
$$ABV=BV+\displaystyle\sum_{k=1}^{K}W_{k}C_{k}$$
$$AEV=EV-\displaystyle\sum_{k=1}^{K}(1-W_{k})C_{k}$$
「修正ディーツ法」では収益率\(r\)は次のように計算されます。
$$r=\frac{AEV-ABV}{ABV}$$
この形であれば普通の電卓でも計算できます。
「修正ディーツ法」を「つみたてNISA」に応用してみましょう。
例として、収益率の計算期間を1~3月の四半期として説明します。
\(EV\)を「取引残高報告書」の3月末の評価額合計、\(BV\)を前年12月末のそれとします。
\(C_{1}\)は1月、\(C_{2}\)は2月、\(C_{3}\)は3月の積立金額です。
この期間中には以下のように積立金額の変更がなかったものとします。
$$C_{1}=C_{2}=C_{3}=C$$
\(W_{k}\)は日数ではなく、月数で計算しましょう。
積立金の引落しが月初にあったとすると次のようになります。
\(W_{1}=\frac{3}{3}\), \(W_{2}=\frac{2}{3}\), \(W_{3}=\frac{1}{3}\)
以上から\(AEV\)(修正当期末評価額)および\(ABV\)(修正前期末評価額)は以下のようになります。
$$ABV=BV+\frac{3}{3}C+\frac{2}{3}C+\frac{1}{3}C=BV+2C$$
$$AEV=EV―(1-\frac{3}{3})C-(1-\frac{2}{3})C-(1-\frac{1}{3})C = EV-C$$
これが最初に紹介した修正当期末評価額と修正前期末評価額の計算式です。
ちなみに期の途中で積立金額に変更があった場合でも、元の「修正ディーツ式」に戻れば電卓での計算が可能です。
(2021年6月4日 才出やすか)